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森立之小伝
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〈  森立之小伝  六  遊 相 〉

 

森立之が相模の国で失禄時代をすごしたのは、足かけ十二年におよびました。この間、立之が足跡を残した土地の名は、藤野村(現在の神奈川県相模原市藤野)、勝瀬村(藤野の近郷で、現在はダム湖に沈んだ)があります。なかでも勝瀬では、江戸に帰るまの足かけ五年を過しました。各地では、土地の人々を治療しながら立之の本領である本草にかんする実地の知識を拡充しています。それは草木にとどまらず、魚類、茸類におよびました。また、その後の攷注シリーズの原本となるものをこの落魄時代に書き溜めています。池袋の洞雲寺にある立之の墓石に刻まれた「實事求是」(事を実(じつ)にし[究明し]、是なる[正しき]を求む)を地で行く探究生活で、世を忍ぶ姿であるとはいえ、山野と書屋で学究生活を愉しんでいる姿がうかがわれます。主家に放逐されたとはいえ、こうして嬉々として自分の学問に打ち込む姿は、実に立之らしいと言えます。

この時期の知見を、立之は「遊相医話」一巻として、明治になってから上梓しています。文語文の木活字本です。ここに出る地名は、大磯のほか、大山(現・神奈川県秦野市北部)、津久井(現・東京都高尾市南部)、勝瀬(ダム工事のため、現在は相模湖底)とひろい範囲におよんでおり、こうした土地を往き来しながら、治療と植物採取をくり返していました。この中から、森立之らしい箇所を抜き出してみましょう。

山田玄瑞の説に「亀の甲は、骨髄の熱を冷やす。泥中を潜行するものゆえ、人の身体の最深部、骨まで深く入って働く功力がある」というのがある。これを敷衍するなら、草根木皮のなかが中空なるものは、水を通す功力がある。麻黄(マオウ)通草(アケビ)、溲疏(ウツギ)桐𠉄(未詳)の類である。脂や液があって乾燥していないものは、水分を生じ、血を補う功能がある。地黄(ジオウ)門冬(麦門冬・ジャノヒゲ)の類がこれである。軽く空の黄耆(オウギ)や蘇葉(シソ)は気に作用し、重く詰った當歸(トウキ)芍薬(シャクヤク)は血に作用する。鱣(ウナギ、チョウザメ)鰌(ドジョウ)など泥中にあって冷たいものは、すべて血の熱を除く。蛭(ヒル)、蝱(アブ)は、その口を見れば分るように血を破る作用がある。

大磯の西方の生沢村(現・大磯町生沢村)の音右衛門の娘が、梅沢に嫁して男児を産んだが、生まれながらにして兔缺(みつくち・先天性異常の口唇口蓋裂)であった。五月生まれだったが、六月に至って私のところに相談に来た。六月は炎蒸の季節で、手術の傷が悪化する怖れがあったので、七月末に手術をした。子供の上唇は左の鼻の穴のなかへ切れこみ、歯茎も断裂している。かつ、上唇と歯茎は癒着して、指を入れる隙間がなかった。したがって、まずは鈹鍼(外科手術にもちいる刃のついた鍼)をもって上唇と歯茎のあいだの肉を切り、洗浄したのち、バルサ材に綿をからめたものを、そこに挟んで4,5日置いた。そうして腫れもひくと、上唇を左右に動かすことができるようになった。今度は剪刀を以て、上唇の裂けた個所の両側の肉を削いだのち、縫い合わせた。すぐに乳をあたえると、吸うことができた。四日後には肉はまつたく癒着しており、糸を抜き去った。わずかに二針で縫い合わせることができた。この場合、嬰児で無智なるがゆえに手術もしやすかったので、大人の場合は麻薬を服用させて手術しなければならない。

与瀬(現・相模原市与瀬)横道の孫左衛門の妻、年は四十あまり、十日以上食べることができないまま高熱がつづき、喉が渇いて冷水ばかり多く飲んでいた。精神・言語は正常、腹の下方に大きな塊があって、妊婦の如き有様で、これを圧すると痛がって苦しんだ。私(立之)のまえに診た医者は、寒邪が腹に入ったものとして治療したが、効なし。私は(腹中の悪血を下す)桃核承氣湯を五貼、服用させたところ、腹に溜まっていた悪血の塊、三四枚が前陰より出て、以降は諸症状が治まっていった。その後、ひきつづいて前陰より悪血を下すこと半月ばかりにして全快した。

松茸 、椎茸は樹木の精から生ずる。よって笠の形は円く凸型で、乾燥しており茎のなかは詰まっている。陰陽でいえば陽に属し、気血でいえば気に作用する。青頭菌(ハツタケ)、木耳(キクラゲ)は、笠が凹型で、潤っており、茎のなかは空である。湿った樹木の液より生ずる。陰に属し、血に作用する。

上のことを考えると、人の陰茎のかたちが松茸に似ているのは、精気より生ずるものだからである。樹木の精気は天地の力を得て、地に生える。その樹木の純粋の気をあつめて成るものが松茸である。人の陽気の、純粋の精をあつめて成るもの陰茎である。木耳(キクラゲ)の笠が平たく凹んでいるのは、湿液より生ずるからで、女陰の皺皮が重複するのに似ている。また木耳を生ずる樹木に、ほかのキノコが生えることはない。いったん乾き枯れても、雨を得れば潤おう。乾いたまま半年たっても、雨を得ればもとの如くによみがえる。松茸、椎茸は、成長すれば枯れるだけであり、木耳が長久するのには及ばない。陽は衰えやすく、陰は久しく保つの道理である。

多くの事象をあつめて、一つの結論にみちびくという方法をとらずに、ある考えから様々のことを類推してゆくのが、立之流の思考法のようで、これによって独自の世界観を作っています。松茸と木耳のくだりは、この顕著な例です。荒俣宏のような人がこれを読んだら、さぞ喜ぶのではないかと思います。「遊相医話」には、さらに奇妙な話が多々盛りこまれています。奇妙といえば「蘭軒醫談」も奇怪な話が満載なのですが。

 
森立之小伝・漢方薬種
 
 
 
 
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